わたし物語

わたし物語:小倉213

岐阜県養老郡養老町小倉213は私が幼少期を過ごした祖父母の住所です。広大な濃尾平野の端、養老山脈がすぐそこに迫る自然豊かな場所で1000坪にも及ぶ広大な庭を有する私の心の故郷です。
昨年末、もう住む人がいなくなったこの土地は処分されることになり最後のお別れをしてきました。庭の木々、井戸、石畳どれ一つを見ても思い出がよみがえってきてお別れはとてもつらいものでした。とても悲しかったのですがそれだけ多くの思い出を持てて、とても幸せだったなとも思えるのでした。ここで体験したエピソードの数々はその後の私の人生に大きな影響を与えているのではないかと考え始め自分の物語をここから始めてみようと考えました。

庭の真ん中にある中門にて2021/12/13

小倉213「まこちゃーん」

表門から続く石畳の傾斜をガタゴトと三輪車で登りきったところに井戸がある。
少し、休もうっと。中には、緑のネットが垂らしてあり、バターやらが放り込まれ冷やしてある。
覗き込んで見ると、真っ暗。目が慣れてくると石の円筒形の壁面からシダが伸び手のひらを合わすようにしているので、その下が見えない。
水面がどの辺なのかよく見えない。 それで、石を投げ入れてみてもポちゃと水を打つ音が聞こえるだけで、底に当たったような音は聞こえてこない。

よくわからないぐらい深くて何が起こるかわからないようで怖い。

「まこちゃーん」とそこに大きな声が私を呼んだ。少しだみ声だ。
勝手口からおばあちゃんが呼んでいる声だ。 それに「はぁい。」と返事をすることだけは分かっていたので私も大声を張り上げながら一生懸命三輪車をそちらに漕いで行く。 しかし中門まで行くと大きな踏石が続くようになるので3輪車はそこまでだ。そこまで行ってもおばあちゃんの姿は見えない。私の背丈の倍以上はあるさつきが丸く整えられてくす玉のように花が咲き誇っていて勝手口が見えない。曲り道を精一杯走る。目の前におばあちゃんの大きなお腹があって、体当たり、どすーん。

「はい、まこちゃん、ごはん」
「はぁい。」
元は蔵であったところに、四畳半を増設して、そこにテレビと丸火鉢と書棚と鏡台と電気ごたつが置かれている。その隣に四畳半に布団を敷いて寝るので、こんな大きなうちなのに私とおばあちゃんは、そこだけで暮らしている。廊下でつながっている仏間と客間は来客の時にしか使わない。

そういえば、昔その客間の縁側の藤の椅子でおじいちゃんが死んでいたんだっけ。おばあちゃんにおじいちゃんに「芋がふかせた。」と言ってきてと言いつけられて、私が呼びに行った。すると、おじいちゃんは、膝の上に入れ歯と眼鏡を落としてじっとしていた。呼んでも動かなかった。じっと見て、「これは、死んでいるんじゃないかな。」と思った。
その時初めて、「死」を見たのに、なぜわかったんだろう。たぶん、私の頭の上で大人たちが、「死ぬかもしれない」とか「死んだらどうしよう。」とか「死んだらこうしよう。」と言っていたんだろう。
その時も二歳の私は、ちゃんとはおばあちゃんに言えなかったけど「おじいちゃんが、おじいちゃんが」と異変を知らせたのは覚えている。その後、私は一人で待っていさせられたはずだ。なぜなら、おばあちゃんが、祖父の死を息子たちに知らせるためには、村に一軒しかない電話のあるおうちに行ったはずだからだ。

暗闇の多いうちで、暗闇の多い村で、暗闇の多い時代だった。

次に覚えているのは、寂しかったおうちに続々と人が詰めかけ構ってもらえて、嬉しくて仕方なかったことだ。若いおばさんたちの「まこちゃーん」と呼び掛けてくれる声が弾んで嬉しくて仕方なかった。

葬式は、旧地主で村長だった家らしく、弔い行列はわざわざ堤防を通って、村中の人が総出で見送った。墓所はこんもりと林のようで薄暗かった。その一番端っこに新しい墓石が用意され土葬された。私は言葉にはならなかったが、おじいちゃんは土の中でどうやって暮らしていくのかと考えていた。誰かが「土を入れて。」と言ったので、握った土を零し入れた。

それで、まったくの祖母との2人暮らしが始まった。

続く

 

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