心のノート

ゲームが世界を救う?職場や学校、生活環境へ深く入り込みはじめた「ゲーム」の世界

今日はゲームの話をしましょう。といっても私はスマホのゲームやコンピューターゲームは全くできません。(ですからゲームしないという方も安心して読んでくださいね。)

私のスクールカウンセラーという職業の中ではゲームはどちらかというと保護者の方の頭痛の種、ゲームばっかりして勉強しないとか不登校になってもゲームばかりしている、あるいはうちの子はゲーム中毒なんじゃないかというように悪の根源みたいに言われている時期がありました。ですから私の中でもゲームは肯定的にはうけとれていませんでした。

もう10年以上前ですがジェーン・マクゴニガルという女性のゲームプロデューサーの話をTEDで聞く機会がありました。

実はこの方はストレスの研究で有名な心理学者スタンフォード大学のケリー・マクゴニガル博士の双子の妹さんで、カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得した研究者です。

お姉さんのケリーのストレスについての講演を見ているときに偶然知りました。美人姉妹の二人は違った分野で研究者として活躍されているのです。ちょっと覗いてみて損はないくらいチャーミングな二人ですが、二人とも頭の切れる論客です。

この人が「ゲームが世界を救う」というのです。

ゲームは確かに気晴らしにいいかもしれない…だけど生産性はない、と思っていたので、とても興味が湧いたのを覚えています。のちの講演では「ゲームをして10年長生きをしよう」とまで言い出す始末です。

職場や学校へのゲーミフィケーションの浸透

既に「ゲーミフィケーション(Gamification)」という言葉があります。

遊びや競争など、人を楽しませて熱中させるゲームの要素や考え方を、ゲーム以外の分野でユーザーとのコミュニケーションに応用していこうという取り組みのことで、企業などのビジネスプロセスの改革に採用されているのです。

小さいころからゲームに親しんできた世代の人たちにとっては、操作方法や考え方、判断の仕方などがゲーミフィケーションによって親しみやすく使いやすいものなることが重要であるというわけです。

マリオカートというレースゲームで、幼稚園の子が大人を、しかもずっとゲームをやってきた大人をやすやすと打ち負かすのを目の当たりにしました。コースを全部覚えていて、巧みなコース取りや抜け道を使ったショートカットで優位に立ち、対戦相手のプレイヤーを邪魔できるアイテムで翻弄していたのです。

デジタルデバイドの中でも、この「ゲームデバイド」は、はまった経験のある人とない人では価値観が変わってくるではないかと思うくらい影響があると思い始めました。私はデバイドされてしまう側ですので、ぼやぼやしてはいられません。

スクールカウンセラーをしているとわかるのですが、自分のことを話せない不登校の生徒でも、親しんでいるアニメやゲームの話はほとんどの生徒ができます。そこから心を解きほぐされていく生徒もいました。ですから今ではゲームは悪ではなく、環境であると思うようになってきました。

今のゲームはネット上で人とつながりチームで行動したりします。新たな人間関係もそこから生まれているようでその中で人間関係を学ぶ機会もありそうです。今の遠隔授業をもっと発展させて学校のシステム全体をゲーミフィケーションすれば不登校生徒も学校に来やすいのではないかと思います。

盛り上がりを見せる「eスポーツ」

最近eスポーツがオリンピック種目になる可能性があるというニュースもありました。実際に「2022年アジア競技大会」においてeスポーツはすでに正式種目になっています。ゲームが既に多くの人々の中で生活の一部になっていることをうかがわせる現象だと思います。

ぼやぼやしてはいられません。

でもゲームをしなければいけない、ということではないと考えています。自分の意識の中でゲームの世界への偏見をなくすということです。いま世界では1億人以上の人が参加しているゲームがいくつもあります。一つの国の人口より多い人が参加しているゲームです。

すごいと思いませんか。

戦闘ゲームで戦っている人ばかりではなく、ゲーム内での仮想空間で家を建てたり、農作物を育てている人もいます。自分の考えを述べあう場所もあります。仮想世界と現実世界の境目はもうあいまいです。

昨年の東京オリンピックの入場行進曲がゲーム音楽のメドレーでしたね。どこかで聞いたことが有ると思った人は多かったでしょうが、若い頃の思い出がよみがえってきてジーンときた人も少なくないと思いました。ゲーム音楽はゲームをやっている間中流れますから、何百回も聞くわけです。

ドラクエのシンフォニーが流れてくると、懐かしさのみならず自分の中に刷り込まれたメロディーとして特別な感情に浸る人も多いことでしょう。お母さんの子守歌よりゲームミュージックに哀愁を感じたとしても不思議ではありません。

ゲーム音楽は、もはやゲームの中の世界を構成する一部で欠くことのできない要素です。ゲームにはまればはまっただけ、刷り込まれます。これだけ長い時間、単なるBGMとしてではなく場面にあった旋律を聴き続けることは、きっと心理的に大きな影響があります。

世界がゲーム空間に一体化する近未来

最近Facebook社が名前をMetaに変えました。

「Metaverse」と名付けた仮想世界でのビジネスに本格的に乗り出すのだそうです。「Metaverse」とは、Meta(「高次」や「超」という意味の接頭語)とUniverse(宇宙、世界)を組み合わせた造語です。

現在のMetaverseはゴーグルをして特別な装置をそろえアバターとして世界の中に入り込むのでハードルが高い気がします。しかしテクノロジーは、それも簡単に乗り越える気がします。Zoomの会議は、より一緒に会議室にいる感覚が得られるMetaverse内のミーティングルームへと置き換わるかもしれません。

ゲームの中だけと思っていた仮想空間に入り込んで生活する。そこで就職して働く日もそう遠くはない気がします。そうなったとき私の専門の心の発達はどうなっていくのでしょう。

ぼやぼやしてはいられません。

※生活情報サイト 楽活に掲載された私の記事を楽活の好意により転載しました

https://rakukatsu.jp/

 

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